メキズ君が、近くまで来ていました。
1年以上、見かけていませんでした。
赤い橋の向こう、よその町に流れたと聞いていました。ヤマトとともに。
ああ、メキズ君は生きていたんだ!
埃をかぶった毛皮はすっかり汚れてくすんで見えました。決して楽ではない毎日を彷彿とさせる痩せかたです。大きな肢体、それを覆うように張りめぐった筋肉。
飢餓。
人間の仕掛ける毒や罠。
そうした厳しさのなかを生き抜いてきたのでしょう。この2年で100匹を超える仲間が人間に捕らえられ、野良犬天地から消えていった、そこに残った最後の5匹のうちの1匹です。野生の賢さ、逞しさがなければここまでは辿り着けなかったはず。
美しいまでに強靭な肢体。
かつてのボスであるハラスの血縁だな。
獅子のように堂々たる身のこなし。
それに対照的な、この瞳の穏やかさは何だろう。
諦め。
悟りか。
No.14は、いつも寄り添っていたメスだから。
水曜日の朝に捕獲したNo.14の犬。
常総野犬シェルターの世話をしていると、いつの間にか、仲間の3匹が、捕獲器の周りに現れました。
小屋から出たら、2匹は吠えたてながら遠くに逃げ去りましたが、メキズ君だけはしばらく離れませんでした。
数メートルの距離まで来たのです。訴える瞳をして。
今ならメキズ君をつかまえられる。
チャンスは今しかない。
No.14が入った捕獲器をずりずりと移動させて、別の捕獲器に横付けしたら、メキズ君も入るかもしれない。
自分から、つかまりたいと思うかもしれない。
メキズなら。
と思いました。
が、犬の入った捕獲器の重みには私も負けてしまいました。いくら引っ張っても、捕獲器はびくともしません。
大家さんを呼びに、坂道をかけあがり、トラクターの音を目指して畑に走りました。首の高さまで土にもぐって自然薯堀りをしていた兄弟に、助けを頼みました。おじさんは軽トラですぐに小屋前に降りてきてくださり、一緒に捕獲器を持ち上げてもらって、もう1つのトンネル式捕獲器に横付けしました。
小屋にはすでに人間にとらえられた9匹がおり、順化、いわゆる人慣らしの修行中です。その食べ終えた皿洗いも放り出し、私は車に乗り込み、出かける振りをして、いったん離れ、また戻って遠方からメキズ君の動きを見張りました。
入りそうで入りませんでした。
とにかく賢いのです。
そのうち茨城県動物指導センターの回収車が到着し、No.14は運ばれていきました。
獣医師会が避妊手術とフィラリア検査をして数日後にまた常総シェルターに戻ってきます。
メキズ君。ヤマト君。
また、離れてしまった。
残った洗い物を片付けながら、最後の野犬をどうつかまえるべきか、分からなくなりました。
それから、大家さん情報から、数日前に産まれてしまったらしい子犬たちの捜索をしましたが、母犬が移動させたようでもうみつかりませんでした。
数日後、子犬を探し当て、5匹を保護しました。